白秋

「白秋」 伊集院 静 著

まことに清純で美しい恋愛小説でした。

背景は鎌倉。鶴岡八幡宮、円覚寺、由比ヶ浜、江ノ電、鎌倉山に咲く野の花。屏風絵のような静かな世界。

そこの築山を構える一軒家に一人の27歳の心臓を患った美青年宋信也が療養している。

付き添いは若いときに医者に蹂躙されて以来男性を受け付けない40歳に届くという美しい看護師松居志津が彼のためには1生を捧げるつもりで行き届いた看病をし生活している。

そこにひょんなことから近くの著名な華道師匠衣久女の愛弟子のこれ又美人向川文枝22歳が彼のところに花をいけに通うようになる。

看護師志津が信也を慰めるつもりで最初は頼んだのに信也と文枝は恋に落ちる。

志津は自分でも思いがけず強い嫉妬に苦しむようになり文枝を信也から遠ざける策を練る。

信也は余命いくらもないので文枝から離れようと一度は試みるが二人の絆は強く、ある日信也は身の危険を顧みず二人は逢引をし、信也はその10日後に死ぬ。

さて文枝と志津の運命はいかに、、、。

情緒あふれる鎌倉の風景。海。里山。彼女が生ける山野草に花器。

伊集院静の花の描写は見事である。私は山野草が大好きなのでよく分かった。

鎌倉も何度か訪れているので夢のような風景のイメージも湧いた。

その上伊集院の衣服のセンスというか着物の描写も素晴らしい。

大体、恋愛小説は私の好みではないんですが、【白秋】はとても面白かった。

伊集院静の文章は短く滑らかで、なのに短い言い回しの中にとても深い情景を生み出しているところがとても好きです。

私の心に残った、野の花についてと花器についての会話、、

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「こんな所にあなたは咲いていたのね。山野の花はたとえ人に姿を見られなくとも咲いて、花の生涯を終えます。」(文枝)

「この世で一番美しい器は人間が水を掬って飲む時に両手でこさえる器だよ。10人いれば10の器があるんだな。3歳の少女だっていとも簡単に両手を合わせて美しい器をこしらえてしまうんだ。

その器にはたくらみがないからですよ。たかだか一人の人間がたくらんでこさえたものなど、大したもんじゃあないんだよ」(信也)

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恋愛小説で感動したのは久しぶりでした。

 

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人間の死に方

「人間の死に方」  久坂部羊 著

久坂部羊氏と箒木蓬生氏はお二人とも医者であり作家である。

お二人のファンなんですが、お二人の著作がついごっちゃになってしまう。

どちらも医者として現在の医療現場のあり方に疑問を持っておられることや高齢者問題に詳しいことなどが共通点で、そこに根ざした随想、小説が書かれていることが多く、私には関心があって共感出来ることも多くあります。

箒木蓬生氏は私の本棚にも載せた「風化病棟」「安楽病棟」に感動し、最近では「ネガティビ・ケイパビリティ」を紹介しました。

久坂部羊氏では彼のデビュウ作になった「廃用身」に衝撃を受け、最近では「老乱」に感動して紹介しました。

今回は特に自分の問題として高齢者介護と終末のあり方に関心があったので久坂部羊氏の「人間の死に方」を読んでみました。

同時に「ブラックジャックは遠かった」という久坂部羊氏の青春期記録書を楽しく読み、彼が大阪の堺育ち阪大医学部の出身の明るい関西人とわかり、「人間の死に方」いう深刻な話題もすごく親近感をもって読みました。

「人間の死に方」の本は、久坂部羊氏が、<徹底した医者嫌いの元医者である実父>の終末を、病院には任せられないと、自宅介護で見送くられた記録です。

医療否定主義者の元医者である実父を納得して受け入れ愛し理解し、糞尿の世話まで自宅で丁寧にされた現医者の羊さん。妻である母、嫁である羊さんの奥様の戸惑い。

私には出来ない、病院に任せたいと願う私です。息子も父親のケアは出来ないと思う。

私自身の老人としての生き方も問われているなあと思わされました。

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忘れられた巨人

【忘れられた巨人】 カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳

イギリス国籍を持つ日本人作家、カズオ・イシグロさんが今年のノーベル文学賞を受賞されました。

彼の著作とは知らないで、ドラマ化された番組「わたしを離さないで」をとても興味深く観ていましたので、他の作品を読みたくなって「忘れられた巨人」を購入しました。

これは「わたしを離さないで」とは全く違うジャンルの小説です。

6~7世紀ごろの北の国(現在のイギリスでいうグレート・ブリテン島)での国盗りファンタジー小説でした。

あらすじを本の表カバーから抜粋します。

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不本意なことから息子と生き別れ、遠い地で暮している息子に会うため、長年暮らした村を後にした老夫婦。一夜の宿を求めた村で少年を託された二人は、若い戦士を加えた4人で旅路を行く。・・・・

アーサー王なきあとのブリテン島を舞台に、記憶や愛、戦いと復讐のこだまを静謐に描く。

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考えてみれば、人類の歴史は古代から今世代まで国と国の権力戦争で成り立っているのではないでしょうか?

暴力で国を征服しても、又暴力で乗っ取られるの繰り返し。

権力に翻弄され罪なき人々、権力者さえが死んでいく。

国盗り物語は自分とは無縁の世界と思って、居心地の良いソファーに身を置き、面白がって読んだり観たりしがちでしたが、今の世界状況を考えると日本も同じ過ちに巻き込まれるかもしれない、他人事ではない思いにかられてしまいました。

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の小説は、今私達が立つ場所にまっすぐつながっている。・・角田光代推薦!

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NHKで放映されている「精霊の守り人」を綾瀬はるかの痛快な立ち回りが見事で楽しみに観ていましたが、「忘れられた巨人」の世界と合致していることに気づきました。

そのため「忘れられた巨人」の舞台になる自然風景や住民、住居、衣装などの描写がリアルにイメージ出来てとても楽しく読めましたし、何よりも妖精や悪霊が浮遊する世界が違和感なく感じられたことなど奥が深い!

カズオ・イシグロはノーベル文学賞受賞作家なんだと納得させられました。

「わたしを離さないで」も本で読みたくなりました。

余談ですが、綾瀬はるかは「わたしを離さないで」でも主演されていましたね。

あ、ついでに、綾瀬はるかは今TVドラマ「奥様は取扱い注意」でも痛快なアクションを見せてくれて毎週楽しみに観ています。NHK大河ドラマ「八重の桜」以来のファンです。

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下流志向

「下流志向」内田樹著 学ばない子どもたち 働かない若者たち

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なぜ日本の子どもたちは勉強を、若者は仕事をしなくなったのか。だれもが目を背けたいこの事実を、真っ向から受け止めて、鮮やかに解き明かす怪書 (本書帯から)

第一章 学びからの逃走

第2章 リスク社会の弱者たち

第3章 労働からの逃走

第4章 経営者対象セミナーに於ける質疑応答【内田樹✕平川克美(ビジネスカフェジャパン社長)】

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この本は孫息子の高校担任先生が親切に彼に勧めてくれた(孫息子は学びから逃げたい子と思われていたのだろう)本だったが、孫息子はすぐに放り出していたのを父親である息子が取り上げて読み「これは面白ろかった読んでみたら?」と私に勧めてくれた。

ニート、引きこもり、自分探しの旅などに陥る人々は、自分にとって不本意な現状を受け入れることが出来ず、他人や社会(学校、会社、家庭etc)のせいにして、現実から逃避し挙句の果てに下流人間になってしまう。

過酷な現実を乗り越えて行ける人が上流人間になるということを解読してくれる。

下流上流は金銭的な階層の事ではなく、あくまで精神的なことである。

下流(精神的に貧しい)上流(精神的に豊か)

 

幸い孫息子はつまらない受験勉強から逃げ出さず希望大学に入学でき、楽しい真の学びに遭遇したようで祖母としては嬉しい。この本が面白かったという息子は、今一番会社で重責を担う年代のサラリーマンだけれど、日頃から感じているかもしれない会社内部の煩わしい人間関係の謎解きができたのであろうか?そうであればこれも嬉しいことである。

私と言えば、老いからの逃走はしないで、老いを受け止めて後期高齢上流社会の中で楽しみを見つけて生きていこうと思わされました。(息子がこの本を勧めた訳はここにあるのか!)

今の生活環境から脱したいと思っているアナタはこの本からヒントが得られるでしょう。

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全盲のクライマー、エヴェレストに立つ

 

「全盲のクライマー、エヴェレストに立つ」エリック・ヴァイエンマイヤー著海津正彦訳

最近、社会で虐げられた人々や障害を持つ人々にたいする偏見、思い込み、差別などを見直さなくてはいけないという趣向のテレビ番組、映画やドラマが増えてきている気がします。

ラリグランスクラブでもネパールの生活困難者や視覚障害の人々の役に立ちたいと懸命にサポート活動を続けていますが、意思の疎通が出来ていなと感じることも多いです。

<役に立ちたい>と手を差し伸べているのに全然違う方向に手を差し出しているのに気付かされたり、私の方が反対に手助けしてもらっていると感じたりします。

これまでに一番勉強になったのは盲聾の福島智さんの本やテレビのインタヴューからでした。

「不便なことは不幸ではない」という言葉。本を読んで勉強してやっと分かることばかりである。

今回は、この本棚でも紹介したクライマー五野井さんの本をもっと読みたいと思い図書館に行った時、登山のコーナーで「全盲のクライマー、エヴェレストにたつ」を見つけて、五野井さんのあの壮絶な登攀と同じコースを、全盲の人がどうやって登攀できたのを知りたくて読みました。

全盲のエリックさんも福島さんのように5~6歳から目が見えなくなりました。現実を受けいれられなくて悔しく晴眼者と同じ行動を危険を顧みずがむしゃらにします。

自転車、水泳、バスケット、レスリング、羽目をはずしたイタズラ。怪我は日常茶飯事、それでも彼は諦めません。

自立を目指しての試行錯誤。

ヘレン・ケラーのいう

「私は、かけがえのない一人、とはいえ、やはり一人。

何もかも、自分でできるわけではない、とはいえ、何かできることが自分にはある。

私は、自分ができることを拒絶するつもりはない。」

という言葉に共感を覚えます。

両親兄弟はそのようなエリックを受け止め、彼がしたいと思っていることをトコトンさせます。

エリックは彼を取り巻く多くの無理解と差別を跳ね返し教師の職を手に入れます。

この箇所はラリグランスクラブでサポートし見事教師の道をつかんだ盲目のシャルミナさんと重なります。

晴眼者の生徒からの情け容赦のない反感反応にもめげず、工夫しながら生徒父兄の信頼と愛情をかちとります。

それでも彼は満足しません。マッキンリーの頂上に立ちたい。

そのための体つくりのトレーニングは前述の五野井さんのトレーニングと変わらない。否、全盲ゆえさらに過酷なものです。

もちろん五野井さんのように単独登攀は出来ない。彼をリードしてくれるガイドが必要です。でもエヴェレスト登攀のガイドを何度も経験しているガイドも盲人をガイドした人はない。熱心な働きがけで、盲人をガイドする初体験をしたいというガイドが現れた。

本当は一人で登攀したいエリックと、盲人を連れていく初体験をしたいガイド。

けれどお互いに命を掛けたアタックであるから我儘は許されない。足を踏みしめる1㎝の誤差で数メートルのクレヴァスに滑落という崖っぷちに足を運ぶ。お互いの体力、技術を尊重しながら協力しあわないと死が待ち受けている。ガイドと助け合って困難に挑戦する中で晴眼者盲人という関係から離れ、同じ目標を持つクライマーとして切っても切れない絆の友情がうまれることになった。

読者の心を揺さぶるのは「全盲」という障害を乗り越え、登山という対象を得て、積極的な姿勢を取り戻して生きるようになるまでの過程だろう。視力が衰えて、しだいに全盲に近づくにつれ、不安が増して精神的に不安定になっていきながらも、周囲の助けを借りてそれを乗り越えていく過程が、本書では、順を追って具体的に描かれている(訳者のあとがきより)

エリックは2001年5月25日エヴェレスト登攀を成功させマッキンリーから始まる世界7大陸の最高峰を盲人として世界で初めて完登しました。

五野井さんの登攀記からは人間としての極限に挑むといったストイックな生き方に感動を受けましたが、エリックの登山からは、同じ極限に挑むといっても、盲人と晴眼者が支え合いながらのチームワークの感動を味わうことが出来ました。

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アルピニズムと死

「アルピニズムと死」山野井泰史著

蓼科でのバザーで、ネパールというとエベレスト。ということもあってか山好きのMさんがラリグランスクラブの話を聞きに来てくださいました。

エベレストというと沢木耕太郎の「凍」(2010年2月4日に紹介)を読まれましたか?と伺うと「読みました。あの山野井泰史さんは沢山本を出しておられます。「凍」もよかったけれど、やっぱり本人の記録には迫力ありますよ。」と聞きすぐにたくさんあった著作の中から「アルピニズムと死」を選びアマゾンで注文しました。

「凍」は山野井泰史の数ある登攀歴のなかでも最難関と言える過酷な悪天候のなか奇跡的にギャチュンカン登頂し生還した道程の沢木耕太郎によるノンフィクション小説でした。「アルピニストと死」は幼少時から40年に渡りあらゆる分野の登山に命をかけて楽しんできたとおっしゃる山野井泰史による登攀記録でした。

ギャチュンカン征服の時は37歳、凍傷で手足の指10本失いもう登山人生は終わりかと思われたのに、不死身の体。またまた数々の限界にいどみ初登攀を記録されています。

何人もの親しいアルピニストの仲間を失い、それでも単独または少人数で、酸素ボンベも使用せずあえて難ルートに命をかけて挑戦し続ける山野井さん。ともに歩む妻の妙子さん。

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山での死は決して美しくない。でも山に死がなかったら、単なる娯楽になり、人生を掛けるに値しない。

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登山ブームは「楽しむだけ」の登山者を生んだ。ネット上には無数の「山」があふれ、メディアはこぞって気楽な山を紹介する。 

それにしても、、、アルピニストはうしなわれつつあるのだろうか。

「どこまでやれるのか」は必要ではないのだろうか。

古典的な考えかもしれないが、僕は、いつまでも限界にむかう道を忘れないでいたいと思っている。

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私は気楽な登山を楽しみながら到底自分には登攀出来ないヒマラヤ山系アンデス山系に挑むクライマーを尊敬の眼差しで仰ぎ見てきました。なのにロープウェイやハイウェイが出来てとても残念な気持ちになっていたから山野井さんたちのような冒険者・アルピニストの夢を壊してもらいたくないと切に思わされた本でした。

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老いと収納

「老いと収納」 群ようこ 著

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「あーあ、早く捨てなくちゃ」と、グダグダ言いながら、長年、部屋の中にたまった雑多な物を眺め、そしてため息をついていた日々であったが、その重い腰を上げざるを得ない時がやってきた。

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著者のすまいのマンションの大規模修理工事がはじまるというので、ベランダは勿論のこと居間にも台所にも捨てずに溜まったガラクタを整理しなくちゃ!ということになったいきさつの痛快エッセイ。

衣服・肌着・靴、バッグ・キッチン・本・・それら愛着が無いもの、愛着あるけど全く使わない物たち。ただ捨てるのが面倒でそのまま置いてきた物たち。

思い切ってバッサバッサと捨てる小気味よさ。

その物たちの描写がとてつもなく面白い。

買った時のいきさつ、利用しなくなった理由、捨てきれない気持ち、やっぱり捨てようと決心、が一つ一つリストアップされて具体的に細かく描写されているのが、そうだそうだもっともだ!と私にもピッタリ思い当たる。

私も断捨離しよう!

でも、彼女の場合は一人暮らしで自分の物だけの断捨離だけれど、私の場合は、夫のものと家に置いて出ていった息子たちのものがある。

彼女のように3トントラックで運び出してもらってスッキリとはいかないのが問題。とちょっとテンション下がる。

否、自分の物だけでもスッパリ断捨離しようと決心させてくれた本でした。

 

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東京タワー

東京タワー (オカンとボクと、時々、オトン) リリー・フランキー著

著者リリーさんの自叙伝です。

父親の実家・福岡の製鉄の街小倉と、母親の実家・炭鉱の街筑豊の間を、家庭の事情で行ったり来たりの貧しいながらも楽しかった子供時代。

乱暴者のオトンと、自分をしっかり持った明るいオカン。泣き虫のボクをいつもかばってくれたオカン。

筑豊から小倉に嫁いだオカンは結婚3年目に家を飛び出し実家の筑豊に出戻る。

ボクは事情が全くわからぬまま、乱暴者のオトンから離れオカンにくっついて母子家庭、筑豊に住むことになる。

筑豊の街は炭鉱没落寸前の貧しく荒れはてた街でありながら、ボクは守ってくれるオカンに安心して仲良しの友達とつるみながら散々いたずらし放題。勉強には不熱心で貧しさを普通と思い理不尽なことに数多く出会っても、一つ一つそういうものかと経験を重ねながら育って行く。

その身をもって学んでいく情景が痛快で読者の胸に響く。

<親子は誰でも簡単になれる。ところが家族と言うものは、生活という息苦しい土壌の上で、時間を掛け、努力を重ね、時には自らを滅して培うものである。>

<どれだけ仕事で成功するよりも、ちゃんとした家庭をもって、家族を幸せにすることのほうが数段難しいのだ>

<子が親元を離れてゆくのは、親子関係以上のなにか、眩しく香ばしいはずの新しい関係を探しにゆくからだ。

友人、仲間、恋人、夫婦。その一つ一つ、に出会い、それぞれに美しく確かなる関係を夢見て、求める。

しかし願えば願うほど落胆の種になる。失望し、心ちぎられる。>

この本にはハチャメチャな生活状況の描写のなかに、珠玉のアフォリズム(箴言)が満ちている。

15歳で何かを求めて単身東京に出たボクは、学校にも馴染めず生き方もなげやりでせっかく入った大学も放棄、オカンにはそのことを知らせずオカンは知ってか知らずか貧しいなかからボクのことを信じ気遣って学費や生活費を送金してくれる。送金は飲み代家賃滞納のための重なる借金で消えていく。

30歳にもなってやっと生活費を稼げるようになったボクは、故郷で行き場をなくしたオカンを東京に呼び寄せ貧しいながらの楽しい母子の生活もつかの間、ガンに苦しむオカンを亡くしてしまう。

「今思えばあの時のことはこうだったんだ、、」とオカンの底知れない深い愛に気づいて書かれた追悼の小説とも言えます。

私達が我儘な自己中心的な生き方が出来ているのは、陰で自分のことを信じ愛し支えてくれる人がいるからだと気づかせてくれる本。

200万人もの人が「家族」のことに思い巡らせ涙したという。「本屋大賞受賞作」受賞ということに納得しました。

実はこの本を読むのは2度目で一度目はそんなに感動しなかったのですが、今回は孫が大学生になり親元から離れて生活し始めているので感動もひとしおでした。

会話が九州弁なのが、九州に10年ぐらい住んでいたので懐かしい響きが作品に気持ちを導入させてくれました。

 

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母のはなし

「母のはなし」 群ようこ著

軽い本を読みたくなって随分前に買った群ようこ著の「母のはなし」を引き出してきました。

そうだった、そうだったと話の筋を思い出しながら読み進めました。

ブログでは紹介しなかったようです。面白かったのに何故かな?

その前に紹介した佐野洋子さんの「しずこさん」(2009年に紹介)と同じように、アカネさん(著者)とハルエさん(著者の母親)との葛藤を描いているところがよく似ていたからかも。

母に可愛がられないで育ち、母を愛せない娘。そんな娘の気持ちに気づかず娘が小説家になって安定した収入を得られるようになったとたんにトコトン娘に甘え、何百万円もの買い物を次々に平気でする我儘放題の母親。

娘はそんな母親に呆れ心底腹を立て文句を言いながらも母の我儘に逆らえず自分の貯蓄がなくなっても高価な着物やあげくのはてには高額な家屋敷のローンまで背負い込む。

佐野洋子さんの場合は我儘母親(シズ子)が認知症になって初めて母親を愛おしく許す気持ちになったのだけれど、この本のハルエさんの場合は最後に、、

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これまでの自分の過ちは認めず、反省もしないハルエ(母)にたいして、憤っていたアカネ(著者)も、初めて母親の性格に感謝した。ハルエの自己否定が全く無く、肯定だけで生きているのが、とてもいい状態をもたらしているからである。当人に落ち込まれ、後悔され、嘆かれては、身内はどうやって対処していいかわからない。ところがハルエのある意味、自分勝ってで能天気な「自分はすべてよし」というおかげで助けられたのだ。

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我儘な母親に対する娘の最終的行き先としては、シズコさんの場合とハルエさんの場合は違うようにみえるけれど、我儘母親を母親として理解は出来ずとも受け入れることが出来るようになった娘の母に対する容認の気持ちが導き出されている。

母親は自分が親であるという確たる自信で何をしても許されるという我儘と、娘はそんな母親を許せないと思いながらも放り出すことが出来ない愛情があるということである。

佐野洋子さんも群ようこさんも自分の我儘母のことを赤裸々に描く本を発表出来るってことはそれを恥じないとする作者の気持ちの現われかなとも思う。母娘の関係にチョット羨望を感じるぐらいである。

私は二人の息子の母親だけれど、シズエさんとハルエさんの言動に共感するところは全くない。娘と息子では違うのかな。

ウチのように親子で我儘の言えない(我儘を言わない)関係って決して理想的家庭でもなんでもないのかも。

チョット考えさせられる親子関係の本でした。

結論:親子関係はみんな違ってそれで良いのだ!

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お父やんとオジさん

「お父やんとオジさん」 伊集院静 著

著者の両親は戦前に朝鮮から日本に渡ってきた在日朝鮮人(韓国人)でした。

戦前、日本からブラジルや台湾などに多くの人々が楽園を求めて渡っていったように、朝鮮から日本に夢を求めて渡ってきた人々が大勢おられたということの実態をこの物語で初めて知りました。

朝鮮から日本に移住した人々多くは差別や貧困から辛酸を嘗め尽くした過酷な生活だったようです。

それでも第二次大戦をくぐり抜けしっかりした生活の基盤を作った人たちもいました。

著者の父はそのうちの一人で、著者が生まれた1950年には日本では戦争後の復帰がはじまり落ち着いた家庭になっていました。

しかし「父は生涯、この話を私にしなかった。母は『お父さんは私の弟を助けてくれた』としか語らなかった。法を犯したことだから」と聞いていたが自分のルーツが知りたくて、父の側でずっと父を支えてきたミシゲンさんから聞いた話をまとめた物語です。
この物語に大きく占めているのが朝鮮戦争(1950年~1953年)のことです。

私は朝鮮を北と南に分裂させることとなった朝鮮戦争のことを深く知りませんでした。韓国内の民族戦争のようなものかなと漠然と思っていましたがそれは間違いで、ソ連がバックにいる北とアメリカ(国連軍)がバックにいる国際戦争であり、朝鮮人民は北方の国民も南方の国民もごっちゃに戦争に巻き込まれてしまって国民全てが自国の戦乱に翻弄され酷いものとなった戦争でした。日本はそのお陰で戦争特需といって、武器の輸出、アメリカ軍への食料の輸出、舟の回旋などで日本はとても景気が良くなり高度成長の先駆けになったのです。

この長編「お父やんとオジさん」をまとめるに私の手にはおえないので、2010年7月5日 読売新聞に紹介されたという記事をネットで見つけたのでコピーさせていただきます。

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 塩田が広がる瀬戸内の小さな港町、三田尻(山口県防府市)から話は始まる。13歳のとき日本へ渡り、町に住み着いた著者の父がモデルの主人公<宗次郎>は終戦後、海運などの事業を広げ、4人の子供に恵まれていた。
 しかし、1950年に朝鮮戦争が勃発(ぼっぱつ)し、日本から祖国へ戦後引き揚げた妻の実家から、助けを求められる。妻の弟<金五徳>は北朝鮮のスパイをしたと疑われ、自宅の鶏小屋の下に掘った土の中の穴に隠れているという。
 軍艦や哨戒艇のうごめく海峡を越え、父は救出へ向かった――。
 「父のもとで働いた人に話を聞いたとき、最初は信じられなかった。なぜ、仕事も家庭も順調な人が、妻のために命の危険を冒したのかと。韓国にも取材へ行きました。雑木林や松林の続く山並みは中国山地と似ている。でも、簡単に歩ける場所ではなかった」
 山の尾根を伝い、渓流の水で渇きをしのぎ、ゲリラを避け……。修辞を削(そ)いだ文体で、決死の救出行が刻まれる。金五徳と再会した彼は、民主主義と共産主義のイデオロギーに悩む義弟に言った。
 <生きていれば希望はみつかる>
 「思想より実践。まず生きること。それは、文筆業を30年やってきた僕のテーマでもあります。大学時代に弟を海で失い、前の妻(夏目雅子)を早く亡くしました。人間は息が途絶えた瞬間、夢が消える。親を悲しませる。でも、生きてさえいれば何か光が見える」
 「この作品はよく『在日』一家の話と説明される。でも僕は、時代が特殊なだけで、家族を守ろうとした普通の父親の話を書いたつもりです。宗次郎のような勇気は誰の中にもあると信じています。

 父は一昨年、91歳で往生を遂げた。来日後、一代で事業を築いた男は威圧的で、学生のとき家業を継がないと宣言した伊集院さんと取っ組み合いのけんかもした。
 「負けたくない気持ちはずっとあった。だが、作品を書き終え越えられないと思った。親は越えるのでなく、その人生や家族を思う心を受け継ぐものではないか」
 かつては寡作と言われたが、還暦を迎えて、失敗を恐れることをやめた。「僕の文体に完成形はない」とも語る。少年向け野球小説『スコアブック』(講談社)、俳人の正岡子規を題材にした「ノボさん」の連載を「小説現代」で始めるなど、旺盛な執筆をこなす。
 中でも、祇園の舞妓(まいこ)と大学生の恋を描く『志賀越みち』(光文社)は純愛の美しさ、愚かさを、結末の一点に向かって凝縮した珠玉の作品だ。しかし、その感想を伝えようとすると……。
 「35歳から3年、京都に住んだんですよ。そのとき競輪場によく通ってね、僕。タクシーで片道5000円だから、100回通えば往復で100万円。いつか小説で返してやろうと思ってね。アハハ」
 大きく笑って、遮った。作家の文章に気品を漂わせるのは、この含羞(がんしゅう)である。

 

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世界国々には報道だけではわからない戦争に翻弄されている人々の暮らしが今も営まれているのに違いないことをこの歳になって気付かされた貴重な本だった。

文中の<生きていれば希望は見つかる>という言葉を胸に刻みつけた。

 

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