東京タワー

東京タワー (オカンとボクと、時々、オトン) リリー・フランキー著

著者リリーさんの自叙伝です。

父親の実家・福岡の製鉄の街小倉と、母親の実家・炭鉱の街筑豊の間を、家庭の事情で行ったり来たりの貧しいながらも楽しかった子供時代。

乱暴者のオトンと、自分をしっかり持った明るいオカン。泣き虫のボクをいつもかばってくれたオカン。

筑豊から小倉に嫁いだオカンは結婚3年目に家を飛び出し実家の筑豊に出戻る。

ボクは事情が全くわからぬまま、乱暴者のオトンから離れオカンにくっついて母子家庭、筑豊に住むことになる。

筑豊の街は炭鉱没落寸前の貧しく荒れはてた街でありながら、ボクは守ってくれるオカンに安心して仲良しの友達とつるみながら散々いたずらし放題。勉強には不熱心で貧しさを普通と思い理不尽なことに数多く出会っても、一つ一つそういうものかと経験を重ねながら育って行く。

その身をもって学んでいく情景が痛快で読者の胸に響く。

<親子は誰でも簡単になれる。ところが家族と言うものは、生活という息苦しい土壌の上で、時間を掛け、努力を重ね、時には自らを滅して培うものである。>

<どれだけ仕事で成功するよりも、ちゃんとした家庭をもって、家族を幸せにすることのほうが数段難しいのだ>

<子が親元を離れてゆくのは、親子関係以上のなにか、眩しく香ばしいはずの新しい関係を探しにゆくからだ。

友人、仲間、恋人、夫婦。その一つ一つ、に出会い、それぞれに美しく確かなる関係を夢見て、求める。

しかし願えば願うほど落胆の種になる。失望し、心ちぎられる。>

この本にはハチャメチャな生活状況の描写のなかに、珠玉のアフォリズム(箴言)が満ちている。

15歳で何かを求めて単身東京に出たボクは、学校にも馴染めず生き方もなげやりでせっかく入った大学も放棄、オカンにはそのことを知らせずオカンは知ってか知らずか貧しいなかからボクのことを信じ気遣って学費や生活費を送金してくれる。送金は飲み代家賃滞納のための重なる借金で消えていく。

30歳にもなってやっと生活費を稼げるようになったボクは、故郷で行き場をなくしたオカンを東京に呼び寄せ貧しいながらの楽しい母子の生活もつかの間、ガンに苦しむオカンを亡くしてしまう。

「今思えばあの時のことはこうだったんだ、、」とオカンの底知れない深い愛に気づいて書かれた追悼の小説とも言えます。

私達が我儘な自己中心的な生き方が出来ているのは、陰で自分のことを信じ愛し支えてくれる人がいるからだと気づかせてくれる本。

200万人もの人が「家族」のことに思い巡らせ涙したという。「本屋大賞受賞作」受賞ということに納得しました。

実はこの本を読むのは2度目で一度目はそんなに感動しなかったのですが、今回は孫が大学生になり親元から離れて生活し始めているので感動もひとしおでした。

会話が九州弁なのが、九州に10年ぐらい住んでいたので懐かしい響きが作品に気持ちを導入させてくれました。

 

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