「真昼の悪魔」遠藤周作著 新潮文庫
怖い本だった。
無邪気な微笑をうかべ業務をそつなくこなす美貌の女医は、心の底に自分でもどうにもできない虚無感を持っている。
実験用のマウスを手に取りぎゅーとひねりつぶしても嫌悪感も快感も何も感じない。これでもかと次々とむごい事いやらしい事をしても罪悪感を感じない。
苦しんでいる人を見ても何も感じない。悲しむ人を見ても別に何とも思わない。どんな罪を犯しても何とも思わない。
ある日上智大学の教授でもある神父を訪ねて「自分は異常なのか」と尋ねる。神父は「異常ではありません。貴女の心に悪魔が入り込んでいるだけです。」と答える。
「悪魔は、いつの間にか埃が部屋にたまるようにひそかに、目だたずに人間の心に入り込むのです。」
「ではその埃のたまった心の持ち主はどうなるのでしょう。どこでその埃が分かるのでしょう?」
「それははっきり分かります。たとえばその人間は神は勿論、人を愛する気持ちも失うからです。人を愛する気持ちを失うと、何事にも無感動になります。自分の罪にたいしても」
女医は神父の言葉を受け容れないまま去る。
そして、寝たきり老人の小林さんを見下ろしながら「この老人は誰にとっても迷惑な存在だ。彼女が生きているために看護師たちは疲れた時も世話をしなくてはならないし、医者も無意味と知りつつ治療を続ける。死んでくれた方がみなのためにどんなに有難いことか、、。」と老女を人体実験として使う。
病院内で次々不審な出来事が起こることに気付いた結核患者の学生難波は、そのことを言い出したため誇大妄想型精神病患者として精神科病棟に追いやられ、精神病患者にされてしまう。
たまたまその学生を知っていた前述の神父が、学生を助けだす。
結末は学生達の前で話す神父の講座に凝縮されている。
「この世に例えば新聞にのっているような悪だけがあるならば、どんなに簡単だろう。嫉妬のために人を殺す。貧乏のために強盗に入るそういう悪はみんな同情できるじゃないか。でも悪魔のやる悪はそんなもんじゃない。悪は目に見えるが悪魔は見えず電子顕微鏡にもうつらぬビールスのようにひとの心に入り込む。」
そのビールスをやっつけるのは「愛」と「神への祈り」。
愛のない結婚をする女医の将来については書かれていない。
この本は30年前に発行されているが、世の中ますます、例えば’殺す相手はだれでもよかった’といわれるような理解できない犯罪が増えてきている。犯人もなぜこのことが悪なのか理解できていない事件が増えてきている。
この本では、現代人の心の荒廃に鋭くきりこみながら、現代社会のどこにでも存在している目に見えない悪ついてが書かれている。
誰の心にも隙あれば入りこもうとする悪魔。私の心にも、、、。
怖い本だったけれど私に必要な本だった。
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