おごそかな渇き 山本周五郎 著
周五郎の本は、富める者や権力者側には真の幸せがなく、貧しいもの弱い者のなかにこそ、人間の真の幸せがあるということがテーマになっていた、と思います。
若いときの私には、その周五郎の世界は、当たり前のようで新鮮味を感じられず何か刺激がなくて退屈な感じがして敬遠気味のジャンルでした。
今回偶然に手のとった「おごそかな渇きは」昭和42年に朝日新聞に連載され絶筆となった未完の小説です。
昭和17年から書かれ選ばれた10篇の短編集の最後にこの「おごそかな渇き」は載せられていますが、あきらかに他の短編とは違っています。
巻末の解説によると、彼の小説の根底には宗教が根付いて「おごそかな渇き」では、’ 現代の聖書 ’を描きたいというのが周五郎の抱負だったそうです。
そこには周五郎独特の古風な義理人情の話しというより、これだけは書き遺して置きたいという作者の願いのようなページが展開されます。
破壊と殺人が繰り返される戦争、宗教論争、キリスト教徒と仏教、漁業問題、親子問題、教育問題、自然破壊と世紀末、病苦、思春期の問題といった深くて重いテーマが、寒村に生きる素朴な登場人物の会話の中でさらりと軽く描かれます。ゆるぎなくしっかりと、、。見事です。
1967年に64歳で亡くなったのですが、もっと長生きをして、現代の混沌とした世の中に人間愛に溢れた論評を発信して欲しかったとつくづく思わされました。
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